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今月の暦や行事についての豆知識は「ひな祭り」です。 日本では旧暦3月を弥生(やよい)と呼び、現在は新暦3月の別名としても用いる。弥生の由来は、草木がいよいよ生い茂る月「木草弥や生ひ月(きくさいやおひづき)」が詰まって「やよひ」となったという説が有力で、これに対する異論は特にない。 他に、花月(かげつ)、嘉月(かげつ)、花見月 (はなみづき)、夢見月(ゆめみつき)、桜月(さくらづき)、暮春(ぼしゅん)等の別名もある。 (ウィキペディアより) また社会人にとって3月といえば、年度末としてのイメージが強いですよね。毎年3月末に仕事が忙しくなったり、移動の為の歓送迎会があったりと、うららかな季節にはにつかわしくない慌しさになる人も少なくないのでは? |
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「雛まつり」の起源は京の貴族階級の子女が、天皇の御所を模した御殿や飾り付けで遊んだ平安時代の「雛あそび」が始まりとされている。やがて武家社会でも行われるようになり、江戸時代には庶民の人形遊びと節句が結び付けられ、行事となり、雛祭りとして発展して行った。 ![]()
古来中国では、上巳(じょうし)の日に川で身を清め不浄を祓う習慣(上巳の祓)があった。これが平安時代に日本に取り入れられた。後に、紙製の小さな人の形(形代(かたしろ))を作ってそれに穢れを移し、川や海に流して災厄を祓う祭礼になった。この風習は、現在でも「流し雛」として残っている。 日本の行事というのは、やはり中国から伝わってきたものが多いのですねぇ〜。 |
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2月も下旬になってくると、女の子のいるお家ではお雛様を飾ったりしますよね。「早く出して早く仕舞う」というのは“ひな祭りが過ぎた後も雛人形を片付けずけないと結婚が遅れる”などというからなのでしょうか? さて、仕舞う話はさておき。掲載されている写真を見て思うこと。 内裏雛は内裏の宮中の並び方を模している。中国の唐、日本では昔は「左」が上位であった。左大臣(雛では髭のある年配のほう)が一番の上位で天皇が見ての左側(我々の向かって右)にいる。したがって「左近の桜、右近の橘」の桜は天皇の左側である。これは宮中紫宸殿に実際に植えてある樹木であり、動かせない。昭和天皇は何時も右に立ったが香淳皇后が左に立つのは皇后のほうが位が高いことで矛盾である。実は明治天皇までは左が高位という伝統で左に立った。 ところが明治の文明開化で日本も洋化し、その後に最初の即位式を挙げた大正天皇は西洋式に右に立った。それが以降から皇室の伝統になり、それを真似て東京では、男雛を右(向かって左)に配置する家庭が多くなった。ところが京都では伝統を重んじ、現代でも向かって右に置く家庭が多い。社団法人日本人形協会では昭和天皇の即位以来、男雛を向かって左に置くのを「現代式」、右に置くのを「古式」としどちらでも構わないとしている。 なるほど!私の記憶は現代式だった・・・ということらしい。しかも社団法人日本人形協会で決められていたとは・・・・ビックリです。みなさんはいかがでしたか? |
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ひな祭りに出される食材は色々とあります。菱餅・ひなあられ・菜の花のお料理や蛤の吸い物、どれをとっても色鮮やかでまさに女の子の節句という感じです。また白酒というものひな祭りならではの飲み物だそうで。 白酒(しろざけ)とは、雛祭りにおいて祝いのために出される酒のことを指す。 ![]() 毎度利用させていただいているウィキペディアにもそう書かれている通り、ひな祭り限定の飲み物らしいです。では、この白酒どんなものなのか? 「白酒の製法は、博多地方において古くから造られていた「練酒」が起源であると伝えられており、江戸時代から雛祭りのお供えとして扱われるようになったのは、平安時代からの風習である上巳(桃の節句)において、室町時代から桃の花を浸した酒を飲んでいたものが変化したと伝えられている。」 どうやら白酒というのは、アルコールの入ったどぶろくのようなものだったようです。 お酒好きの私としては練り酒が飲んでみたい・・・・と、思わすにはいられない話題でした(-_-;) |
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いくつになってもひな祭りのムードは味わってみたいのが女の子。お友達同士で、子ども達を集めてとシチュエーションはいろいろでも、何かやってみたいとお考えのみなさんの楽しいイベントにお役立て下さい。 ◆ひな祭りメニューならこちら ◆手間をかけずに揃えたい! |
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参考・引用サイト:ウィキペディア |
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